何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2024年9月23日月曜日
2024年9月22日日曜日
石油枯渇30年という嘘に代わる新しい嘘、サステナビリティ
石油枯渇30年という嘘に代わる新しい嘘、サステナビリティ
さて、このサステナビリティという言葉が1980年代に登場したというのがたいへん面白いところです。
実は、筆者はNHKに騙されて原子力の研究者となったのです。
1970年代、1973年と1979年に「オイルショック」がありました。原油の供給量が逼迫しているという理由で価格が急騰し、世界経済が大きく混乱したという事象です。
「あと30年で石油は枯渇する」とNHKのニュースをはじめ、朝日新聞などでも盛んに報道されました。当時はNHKなどの大手メディアが嘘など言うはずがないと思っていましたから、「エネルギー研究の未来は、原子力にある」と判断したのです。
「あと30年で石油は枯渇する」という話は、1972年に発表されて当時たいへん話題になった『成長の限界(The Limits of Growth)』という、マサチューセッツ工科大学の研究者D・H・メドウズらの研究発表がもとになっていました。
ただし原典を確認してわかったのですが、メドウズは「あと30年で石油は枯渇する」とは書いていません。彼は、あくまでも現在の状況と技術から計算したものに過ぎず、正しいかどうかは別の話であるとした上で、「もしもこのまま新たな油田なども発見されず、採掘技術の進歩もないのであれば、供給は30年で限界を迎えるだろう」としただけです。
また、金利をはじめとする資金管理の理由から、石油会社は30年から40年を単位として経営計画を立てるのがセオリーです。「30年」というのは、そういう数字でした。
オイルショックを招くことになった原油供給量の逼迫という話は、「セブン・シスターズ」というニックネームで知られる石油メジャー7社が原油価格を維持する、あるいは利幅を上げるために行った情報操作でした。
NHKや朝日新聞はそれを知っていました。逼迫が言われ始めた当時の国連事務総長のウ・タントのバックには石油資本がありました。
そして、原油供給量の逼迫は嘘であること、石油は当面なくならない、ということが明らかな常識となったのが、サステナビリティの登場を控えた1980年代でした石油の埋蔵量は一般的には今後1000年分は大丈夫だと言われていますが、筆者の計算では現在の人間が消費する資源量からして、短くてもあと1万年分以上はあります。
こうした、たとえば石油が枯渇するという危機を煽って新たなサービスや商品を売り出したり、テレビの視聴率や新聞の購買数を伸ばしたりすることを「恐怖ビジネス」と言います。
そして、石油をはじめとする化石燃料の枯渇は嘘だとわかってしまった結果として、枯渇の恐怖に代わって1980年代の後半に登場したのが、サステナビリティの一環として取り上げられる環境問題、具体的には「地球温暖化問題」という恐怖ビジネスでした。
化石燃料の枯渇はなく問題にならないのであれば、今度はそれを継続的に燃やすことによって出てくるCO2を問題にしよう、という流れだったのです。
『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦 MDN R060922
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2024年9月21日土曜日
序章 日本に「サステナビリティ」は要らない サステナビリティや石油枯渇説の裏にある「恐怖ビジネス」
序章 日本に「サステナビリティ」は要らない
サステナビリティや石油枯渇説の裏にある「恐怖ビジネス」
「サステナビリティ」(Sustainability)という言葉をよく聞くようになったのは、ここ10年くらいのことでしょうか。
「持続可能性」などと訳され、具体的な意味としては、「自然環境や人間社会などが長期にわたって機能やシステムを失わずに、良好な状態を維持させようとする考え方」とされているようです。
しかし、サステナビリティという言葉がスローガンとして表れるのは意外に古いのです。
1984年に国際連合(国連)に設置された「環境と開発に関する世界委員会(WCDE、World Comission on Environment and Development)」が1987年に公表した報告書「Our Common Future(我ら共有の未来)」の中で、「Sustainable Development(持続可能な開発)」として初めて登場しました。
外務省のウェブサイトなど公的なところでは、「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」と解釈されています。
WCEDの報告書の第1章「未来への脅威」には、「酸性雨、熱帯林の破壊、砂漠化、温室効果による気温の上昇、オゾン層の破壊等、人類の生存の基盤である環境の汚染と破壊が地球的規模で進行している。この背後には、過度の焼畑農業による熱帯林破壊に見られるような貧困からくる環境酷使と、富裕に溺れる資源やエネルギーの過剰消費がある」と書かれていました。
今流行りのサステナビリティですが、持続可能な社会を長年続けてきているのが日本という国です。
ですから我々に必要なのは、日本文明の素晴らしさを再発見し、現代に合わせて運営していくこと―――。欧米主体の世界基準に合わせる必要はありません。
これから持続可能な社会を構築してきた日本文明を西洋文明と比較しながら検証していきますが、本題に入る前に、本章では頭の体操としてサステナビリティに関連する多くの“嘘”について論じていきたいと思います。
『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦 MDN R060921
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