何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
このブログを検索
2024年8月16日金曜日
二十一 言行が心を変える
二十一 言行が心を変える
われわれ近代人の誤解は、まず心があり、良心があり、思想があり、観念があって、それがわれわれの言行にあらわれると考えていることである。また言行にあらわれなくても、心があり、良心があり、思想があり、観念があると疑わないことである。しかし、ギリシャ人のように目に見えるものしか信じない民族にとっては、目に見えない心というものは何ものでもない。そしてまた、心というあいまいなものをあやつるのに、何が心を育て、変えていくかということは、人問の外面にあらわれた行動とことばでもって占うほかはない。「葉隠」はここに目をつけている。そしてことばの端々にも、もし臆病に類する表現があれば、彼の心も臆病になり、人から臆病と見られることは、彼が臆病になることであり、そして、ほんの小さな言行の瑕墐(かきん)が、彼自身の思想を崩壊させてしまうことを警告している。そしてある場合、これは人間にとって手痛い真実なのである。われわれは、もし自分の内心があると信ずるならば、その内心を守るために言行のはしばしにまで気をつけなければならない。それと同時に、言行のはしばしに気をつけることによって、かつてなかった内心の情熱、かつて自分には備わっていると思われなかった新しい内心の果実が、思いがけず豊富に実ってくることもあるのである。
「武士は万事に心を付け、少しにても後れになる事を嫌ふべきなり。就中物言ひに不吟味なれば、『我は臆病なり。その時は逃げ申すべし、おそろしき、痛い。』などといふことあり。ざれにも、たはぷれにも、寝言にも、たは言にも、いふまじき詞なり。心ある者の聞いては、心の奥おしはからるるものなり。兼て吟味して置くべき事なり。」(聞書第一 一四二頁)
『葉隠入門』三島由紀夫 (新潮文庫) 20240816 P63
Kamikaze attack 蛍 サザンオールスターズ 神風特別攻撃隊 零戦 映画永遠のゼロテーマ曲
Kamikaze attack 蛍 サザンオールスターズ 神風特別攻撃隊 零戦
映画永遠のゼロテーマ曲
【全編無料】第514回 伊藤俊幸&久野潤&グレンコ・アンドリーが話題のニュースを深掘り解説!
【全編無料】第514回 伊藤俊幸&久野潤&グレンコ・アンドリーが話題のニュースを深掘り解説!
************************************************
00:00:00 準備画面
00:00:26 配信開始 ニュースラインナップ紹介
00:10:26 オープニングCG
00:14:00 ウクライナ軍 国境周辺の要衛制圧か ロシアは否定
00:37:15 卓球・早田ひな選手 行きたい場所に特攻資料館
00:43:55 番組からのお知らせ
00:53:48 ソ連軍が虐殺「葛根廊事件」から79年 遺族ら慰霊
01:16:46 ウクライナ ロシア空軍基地に大規模ドローン攻撃
01:28:55 佐世保・基地周辺でドローン飛行を確認 米軍調査中
01:38:30 特集:久野潤の暦を取り戻そう特別編 「終戦後のソ連の非道」
*************************************************
2024年8月15日木曜日
二十 死狂い
二十 死狂い
前項の思想による欺瞞をもっともまぬがれた極致にあるものは、忠も孝も、あらゆる理念もいらない純枠行動の爆発の姿である。常朝はたんにファナチシズムを容認するのではないしかし行動が純粋形態をとったときに、おのずからその中に忠と孝とが含まれてくるという形を、もっとも理想としている。行動にとっては、自分の行動がおのずから忠と孝とをこもらせることになるかどうかは、子測のつくことではない。しかし、人間の行動は予測のつくことに向かってばかり発揮されるものではない。それが「武士道は死狂ひなり」という次のような一句である。
「『武士道は死狂ひなり。一人の殺害を数十人して仕かぬるもの。』と、直茂公仰せられ候。本気にては大業はならず。気運ひになりて死狂ひするまでなり。又武士道に於て分別出来れば、はや後るるなり。忠も孝も入らず、武士道に於ては死狂ひなり。この内に忠孝はおのづから籠るべし。」(聞書第一 一四〇頁 )
この反理性主義、反理知主義には、もっとも危険なものが含まれている。しかし、理性主義、理知主義の最大の欠点は、危険に対して身を挺しないことである。もし、理知が自目の行動の中におのずから備わるならば、また、もし理性があたかも自然の本能のように、盲目な行動のうちにおのずから原動力として働くならば、それこそは人間の行動のもっとも理想的な姿であろう。この一行、この一項の「この内に忠孝はおのつから籠るべし 。」という一行は、はなはだ重要である。なぜなら、「葉隠」は単なるファナチシズムでなくて、また単なる反知性主義ではなくて、純粋行動自体の予定調和というものを信じているからである。
『葉隠入門』三島由紀夫 (新潮文庫) 20240815 P61
登録:
投稿 (Atom)