何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2023年6月6日火曜日
魚料理を構築し直す
魚料理を構築し直す
今、日本で起こっていることを要約すると、「魚と消費者、魚と家庭の距離が急速に離れつつある」ということになる。このまま魚を食べる回数が減り、また魚の種類が減少するという事態が続けば、ひいては食に関する知識に影響を及ほすに違いない。そうなればやがては魚を「知らない」という段階に入ってしまい日本の国を支える魚食は限りなく消滅に近づくことが予測される。「知らない・買わない・食わない」という法則は、すべての業界に通ずる普遍的な原理だからである。
つまり日本の今の状況は、時代と共に魚というものが、肉やパン、米や野菜といった他の食材に比べて身近ではなくなりつつあるということである。この状況がさらに進み、魚を「知らない」という深刻な事態に陥らないようにするには、今のうちに魚を「知っている」、さらに言うならば昔のように「身近」な存在に戻しておく必要がある。
そのためには、どのような取り組みが効果的なのであろうか。水産庁の国民アンケー(白書)によると、「魚料理の何が苦手か?」という趣旨の問いに対して、
① 生臭い
② ゴミが出る
③ 手間がかかる
④ 骨がある
⑤ 料理の種類が少ない
⑥ 肉に比べて割高
といった回答が十数年にわたって定着している。また、「家庭の主婦が調理に対して望むこと」については、
① 手短に
② おいしく
③ 栄養バランスよく
④ 財布に優しい
の4点が定着している。
となると「6重苦を乗り越え4つの願望を叶えなければ魚は食卓に戻ってこないのではないか」と思いきや、逆説的に言えば容易に解決できることでもあるのだ。なぜなら、対面による聞き取り調査や料理講習でつぶさに観察してみると、こうしたアンケートの結果はほとんどが先入観(バイアス)であり、4つの願望から「魚だからこそ実現しやすいこと」が見えてくるからである。
とは言え、すでに世間に浸透してしまっているバイアスを払拭するためには、ただ魚のさばき方やおいしい食べ方を伝えるだけでは、非日常のイベントの域を出ることは難しい。しかし、まずは伝える側が視点を変え、“自分の習恨“から焦点をはずし(=既存の調理や技術をいったん白紙に戻し)、魚という食材の特徴を再度見直し、初心者と魚の素材としての成り立ちに照準を当てて魚料理そのものを構築し直すことにより、それは実現する。なぜなら魚は本質的には水中に棲む肉であり、他の畜肉に比べても切るだけでおいしく食べられて、消化も良く、陸からは得られない栄養分を豊富に含む‥‥と利点を沢山持っているからである。
『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える 上田勝彦氏より
R050606
靖國 R0506 第815号
靖國 R0506 第815号
靖國 R0506 第815号
調べれば調べるほど、日本が包囲され、ズタズタにされようとしていると思われることばかりが起こります。これに対抗するには、本来の日本人の精神的支柱を取り戻すことが必要だと思います。
陰謀論ではなく、陰謀です。
靖國 R0506 第815号
調べれば調べるほど、日本が包囲され、ズタズタにされようとしていると思われることばかりが起こります。これに対抗するには、本来の日本人の精神的支柱を取り戻すことが必要だと思います。
陰謀論ではなく、陰謀です。
2023年6月5日月曜日
「魚離れ」はなぜ起きた?
「魚離れ」はなぜ起きた?
何事も、原因がつかめていなければ方向性が定まらず、それが的外れであれば、いくら頑張っても徒労になってしまう。そもそも、かつては魚食大国ニッポンと世界で呼ばれたわが国が、どのように魚離れを生じたのか。それは戦前から現代に至るまでの国内の食の変遷を辿ると見えてくる。
戦前から戦後にかけて、国民は飢えつつも一様に魚を食べていた時代があった。基本的には肉は手に入らず、魚、米、野菜が食の主軸であったが、ここから昭和の高度経済成長期に入り、新たな食材と食習慣が国内外からもたらされた。それは小麦粉、油、乳製品、そして若干の肉である。これにより戦後の飢えた状態から一気に日本人の栄旋バランスが向上する。米国のシンクタンクが調査したところによると、日本の昭和30~40年代の食事は、世界で最も健康に良い食であるとの報告があるし、生活習恨病患者100人にこの頃の食を1か月摂取させたところ、ほぽ快癒した東北大学での実証結果を見ても、その優秀さは歴然としている。
ところが、この時期に導入され定着していった海外からの新しい食習慣がエスカレートし現代に向かうと、 食の多様性を享受する反面、それは洵外からの輸入に頼ることとなり、相対的に肉と小麦粉の消費量が増え魚と米の消費量が減っていった。そして時期を同じくして生活習慣病が増えていったのは無関係とはいえない。

国民の年齢層で見ると、今の魚食を支えている主力は、かつて昭和期を経た60代以上の年配層であり、30~60歳の働き手たちは、幼少の頃の味は覚えているので食べたくても食べ方がわからない場合が多い。したがって外食で魚を食べることとなり、これが今の魚食を支えている。そしてそれより若い枇代となると、家庭での魚の味を覚えているとは限らず、魚はメインから外れ、常食のオカズ(日常=ケ)から嗜好品(非日常=ハレ)へと変わりつつあるのが実情である。ここから未来を予測すると、このまま放放置すれば、そのような世代の成長と同時に魚をよく食べる世代が寿命を迎え、魚離れはさらに進行することが見込まれるわけだが、その核は実は家庭内の魚食にあるということが、この一連の流れから絞り込めてくるのである。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える 上田勝彦氏より R050605

国民の年齢層で見ると、今の魚食を支えている主力は、かつて昭和期を経た60代以上の年配層であり、30~60歳の働き手たちは、幼少の頃の味は覚えているので食べたくても食べ方がわからない場合が多い。したがって外食で魚を食べることとなり、これが今の魚食を支えている。そしてそれより若い枇代となると、家庭での魚の味を覚えているとは限らず、魚はメインから外れ、常食のオカズ(日常=ケ)から嗜好品(非日常=ハレ)へと変わりつつあるのが実情である。ここから未来を予測すると、このまま放放置すれば、そのような世代の成長と同時に魚をよく食べる世代が寿命を迎え、魚離れはさらに進行することが見込まれるわけだが、その核は実は家庭内の魚食にあるということが、この一連の流れから絞り込めてくるのである。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える 上田勝彦氏より R050605
【続:虎ノ門サイエンス】日本の技術は大丈夫!?「MRJ」「H3ロケット」の失敗から見えた日本の欠陥とは?
【続:虎ノ門サイエンス】日本の技術は大丈夫!?「MRJ」「H3ロケット」の失敗から見えた日本の欠陥とは?
武田邦彦先生の解説は実際の現場に立脚しており、よく理解できます。国の関与が研究に与える悪影響を放置することは、日本の技術力を削ぐ方向での施策が優先されていることなのでしょう。右を見ても、左を見ても、大きな障壁に囲まれていますが、果たして、この環境から抜け出すことは可能なのでしょうか?
2023年6月4日日曜日
進む魚離れと魚食普及の取り組み
進む魚離れと魚食普及の取り組み
我が国の水産物消費量は、この40年の間に上下を繰り返しながら盛時の5分の1まで減少し、ここ数年は低水準のまま横ばい傾向、かつ少しずつ減少が続くという状況となっている。
この「魚離れ」という衰退一途に見える状況への対策として生まれた言菓が「魚食普及」であった。この取り組みについて、水産業界が決して怠けてきたわけではないことは、30年間関わってきた箪者の経験からも断言できる。業界と行政、官民一丸となって、原因を探し、魚食普及に従事する組織を立て、関わる人々がそれぞれに自分たちが考える魚食普及に取り組んできたことは事実である。にもかかわらず、なかなか功を奏する施策が見いだせないでいるのはなぜだろう。
たとえば魚食普及に取り組む母体のひとつの主力として、漁業協同組合の女性部がある。魚離れと共に歩んできた魚食普及の歴史は40年にわたり、それだけのベテランも揃っているわけであるが、尋ねてみると、効果がいまひとつ感じられないとの返答が多い。自分の亭主が捕ってくる魚を少しでも高く多く売りたいという願いから、おいしく食べてほしいという食べ方提案が始まり、さばき方教室や各所で展示会、祭りのふるまいも好評、であるにもかかわらず、期待する効果が得られないまま、この40年間を繰り返して頑張ってきたのはなぜだろう。
思い当たることが二つある。ひとつは、効果が上がっていないと感じながらも、行動や思考に結果をフィードバックせずそのままのスタイルで続けてしまったこと。そして、魚に対する想いが強いゆえに、また、活動結果が好評だったゆえに、「伝える」ことがそのまま「伝わってい る」とかんちがいしてしまったことだ。この二点が重なると、結果がど うあれやり続けるという肉弾戦になってしまう。この状況は、浜の母さんたちに限らず、実は魚食普及そのものにみられる傾向で、それが魚というものに関わる人間の特異性でもある。ここにまず自ら気づき、変化する消費者に寄り添い乗り越えていくことが今後のカギとなる。
『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える 上田勝彦氏より
R050604
2023年6月3日土曜日
日本人が魚を食べる意味
日本人が魚を食べる意味
わたしたち日本人は、どこの何をどのように食べて生きていくのがいいのだろうか。ある人は地産地消だと言い、ある人はグローバル化の時代に国際分業なのだと言う。地産地消は地域経済の循環という意味では理解できるが、後者の場合、本当にそのような形が実現するのかどうか、昨今のウクライナ紛争や中国の情勢による物資・流通の停滞などを鑑みれば、そこまで世界は成熟していないように見える。端的に言えば、食を他国に依存していると、戦争をしなくても言いなりにならざるを得ない国となり、はたしてそのような自立できない民の集合体が、そもそも国と言えるのであろうかとの疑問に突き当たる。つまり、食のありようは、国そのものの姿なのではないだろうか。

日本は東西南北に長く、約7000個(ブログ作者注)の島から成る弧状列島であり、その真の姿は、世界地図を逆さにしてみるとわかりやすい。面積は世界で61位と小さいが、その海岸線の長さは世界で6位。これは島の多さと岬と浜が緻密に交互に入り組む海岸地形に由来し、この総海岸線の長さは、米国や豪州よりも長いのである。 ここに生息する魚類は約1400種、うち食用となりえるものが約300魚種。甲殻類や海藻・貝類を含めると、およそ500種程度の魚介類を我々は享受している。片や陸地に目を注ぐと、面積の割には山が深く、森林が旺盛であり、そこから土の栄養に満ちた無数の川が流れて海に注ぐ。結果として下流には肥沃な扇状地が広がり、米や多くの野菜を産じ、陸の栄養は最終的に海に入る。この広大な三次元の生産力維持システムが凝縮しているのが、日本の地則的条件であり、食環境を生み、風土と命を育む。 国として立つ限り、自国の国民を自国で養うことが前提であるとするならば、このような立地条件において、そこに住む人間すなわち日本人は、どのような食べ方をすれば、持続的に生きていけるのかを考えてみると、必然としてその答えが浮かび上がる。 たとえば米国は、特定の品種を大量集約的に生産する技術に長けており、自給体制を整えている。英国から持ち込まれた牛肉食を効率化し牧畜を盛んにし、自国民のタンパク質と輸出による外貨を確保する。一方、中国は、椅子の脚以外は何でも食べるというほどに食の可能性を拡大し、それを容易においしくする技術を構築・伝承し、膨大な国民を養おうとしてきた。またインドや中近東では、 牧畜に牛を用いれば貧栄養の国土を枯らしてしまうためこれを禁じ、雑穀や雑草でも育つ鶏、ヤギやヒツジをたんばく源とし、更に土地に空気中の窒素分を固定しタンパク化する豆類を多用する料理が発達した。 このように各国とも、自国民をどのように養うかを真剣に考え、その施策の根底には風土に鍛えられた哲学や宗教を垣間見ることができる。では振り返り、日本の場合はどう だろうか。これまで述べてきた地理的探境から考えると、まずタンパク質としては魚、そして米、野菜、あとは狭い国土でも少ない労力で生産できる鶏、豚、若千の牛、ということになる。すなわち「魚、米、野菜、時々肉」という食のかたちこそが、日本の風土に根差したいわば国民食であり、この生産基盤となる環境を壊さず、その季節その年に手に 入る動植物をまんべんなく食べていけるなら、わが国は、他国に依存せず食っていけるの ではないかとの結論に至るのは、理想というよりむしろ必然ではないかと思えるのである。 日本人が魚を食べる意味、そして魚を食べることから離れてはいけないわけは、ここにある。島国が魚食から離れるということは、それは国の自活の道を捨てることにほかならず、国としてのアイデンティティを失うことになりかねないのではないか。昨今の日本に起こっている国民の「魚離れ」という現象は、ここに大きな危機を内包している。 うえだ・かつひこ/ウエカツ水産代表、魚食普及活動家 1964年島根県出雲市生まれ。長崎大学水産学部在学中にシイラ漁師として1動き始めて以降、日本の漁村を行脚。1991年水産庁に入り、漁業取締・調整、加工流通、漁村振興、調査捕鯨、マグロ漁場開拓等に従事。2015年水産庁を退職し、魚食文化の普及を独自に行う「ウエカツ水産」を起業。テレビ、雑誌、ラジオなどのメディアをはじめ、料理教室でも魚食の魅力を伝え、日本の水産業を支える「魚食力」の再興を訴える。著書に「ウエカツの目からウロコの魚料理J(東京書籍)など。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える 上田勝彦氏より R050603 注:国道交通省が2022年に電子国土基本図を用いて、縞の数を数えなおした結果、14.125島となっています。したがって、日本の最新の海岸線を示した最新データはまだなく、以前の島数から導かれた、約36000Kmが総延長として良いのでしょう。因みに、一位はカナダの202,000Km、二位はノルウエイで83,000Km、三位はインドネシアで57,000Km、となっています。(ウイキペディア調べ)

日本は東西南北に長く、約7000個(ブログ作者注)の島から成る弧状列島であり、その真の姿は、世界地図を逆さにしてみるとわかりやすい。面積は世界で61位と小さいが、その海岸線の長さは世界で6位。これは島の多さと岬と浜が緻密に交互に入り組む海岸地形に由来し、この総海岸線の長さは、米国や豪州よりも長いのである。 ここに生息する魚類は約1400種、うち食用となりえるものが約300魚種。甲殻類や海藻・貝類を含めると、およそ500種程度の魚介類を我々は享受している。片や陸地に目を注ぐと、面積の割には山が深く、森林が旺盛であり、そこから土の栄養に満ちた無数の川が流れて海に注ぐ。結果として下流には肥沃な扇状地が広がり、米や多くの野菜を産じ、陸の栄養は最終的に海に入る。この広大な三次元の生産力維持システムが凝縮しているのが、日本の地則的条件であり、食環境を生み、風土と命を育む。 国として立つ限り、自国の国民を自国で養うことが前提であるとするならば、このような立地条件において、そこに住む人間すなわち日本人は、どのような食べ方をすれば、持続的に生きていけるのかを考えてみると、必然としてその答えが浮かび上がる。 たとえば米国は、特定の品種を大量集約的に生産する技術に長けており、自給体制を整えている。英国から持ち込まれた牛肉食を効率化し牧畜を盛んにし、自国民のタンパク質と輸出による外貨を確保する。一方、中国は、椅子の脚以外は何でも食べるというほどに食の可能性を拡大し、それを容易においしくする技術を構築・伝承し、膨大な国民を養おうとしてきた。またインドや中近東では、 牧畜に牛を用いれば貧栄養の国土を枯らしてしまうためこれを禁じ、雑穀や雑草でも育つ鶏、ヤギやヒツジをたんばく源とし、更に土地に空気中の窒素分を固定しタンパク化する豆類を多用する料理が発達した。 このように各国とも、自国民をどのように養うかを真剣に考え、その施策の根底には風土に鍛えられた哲学や宗教を垣間見ることができる。では振り返り、日本の場合はどう だろうか。これまで述べてきた地理的探境から考えると、まずタンパク質としては魚、そして米、野菜、あとは狭い国土でも少ない労力で生産できる鶏、豚、若千の牛、ということになる。すなわち「魚、米、野菜、時々肉」という食のかたちこそが、日本の風土に根差したいわば国民食であり、この生産基盤となる環境を壊さず、その季節その年に手に 入る動植物をまんべんなく食べていけるなら、わが国は、他国に依存せず食っていけるの ではないかとの結論に至るのは、理想というよりむしろ必然ではないかと思えるのである。 日本人が魚を食べる意味、そして魚を食べることから離れてはいけないわけは、ここにある。島国が魚食から離れるということは、それは国の自活の道を捨てることにほかならず、国としてのアイデンティティを失うことになりかねないのではないか。昨今の日本に起こっている国民の「魚離れ」という現象は、ここに大きな危機を内包している。 うえだ・かつひこ/ウエカツ水産代表、魚食普及活動家 1964年島根県出雲市生まれ。長崎大学水産学部在学中にシイラ漁師として1動き始めて以降、日本の漁村を行脚。1991年水産庁に入り、漁業取締・調整、加工流通、漁村振興、調査捕鯨、マグロ漁場開拓等に従事。2015年水産庁を退職し、魚食文化の普及を独自に行う「ウエカツ水産」を起業。テレビ、雑誌、ラジオなどのメディアをはじめ、料理教室でも魚食の魅力を伝え、日本の水産業を支える「魚食力」の再興を訴える。著書に「ウエカツの目からウロコの魚料理J(東京書籍)など。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える 上田勝彦氏より R050603 注:国道交通省が2022年に電子国土基本図を用いて、縞の数を数えなおした結果、14.125島となっています。したがって、日本の最新の海岸線を示した最新データはまだなく、以前の島数から導かれた、約36000Kmが総延長として良いのでしょう。因みに、一位はカナダの202,000Km、二位はノルウエイで83,000Km、三位はインドネシアで57,000Km、となっています。(ウイキペディア調べ)
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