何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2023年6月2日金曜日
IWCは脱退したけれど‥‥
IWCは脱退したけれど‥‥
2019年6月30日、日本はついにIWCを脱退。持続可能な捕鯨を行ってきた日本の文化を、反捕鯨国に札束で抱き込まれた国々が多数を占めて否定するような組織に、拘泥し続ける必要はない。とかく事なかれ対応が目立つ日本も、やるときはやるものだと、脱退の知らせに快哉を叫んだものだった。31年ぶりとなる商業捕鯨再開に、「また安くて美味しい鯨肉が食べられるようになる」と期待したのは、私だけではなかっただろう。
ところがその後も、市場に出回る鯨肉はいっこうに増えなかった。不思議に思っていたところに、衝撃のニュースが飛び込んできた。政府は脱退に伴う海外からの厳しい視線に配慮して、自ら捕獲枠を制限その結果、捕獲可能頭数の上限を調査捕鯨時の6割に減らしたというのだ。これではIWCを脱退した意味がわからない。「圧力に屈して、自ら手足を縛る日本」は、残念なことに健在だった。
それまでの調査結果から、例えばクロミンククジラは南氷洋に51万頭もいると椎定され、むしろ増えすぎで餌となるオキアミや魚が減るなどの影響が出ている。鯨類研究所によれば、全世界の鯨類が食す海洋資源の量は、漁獲量の3~5倍にあたる。
鯨を過度に保護すれば魚の量が減り、海の生態系のバランスが崩れていくのは明らかだ。
このまま策を講じなければ、古事記の時代から続いてきた日本の鯨食文化が、衰退・絶滅してしまうのではないか。「もはや鯨肉の需要がない」という声も聞かれるが、目の前にないものは手に取りようもないし、あまりに高価であれば手は出せない。かつてのように給食で、鯨肉の竜田揚げや大和煮、鯨カレーなどを出す地域や機会を増やし、身近な食材としての認識を広めることも一案だ。
免疫力を高めるビタミンAや血液をつくる鉄分を多く含み、高タンパク、低カロリー、脂が冷えても固まらない不飽和脂肪酸、認知症予防にも効果があるとされるバレニンが豊富と、鯨肉は優れた食材でもある。そうした知識もぜひ広めたいものだ。
海の生態系と日本文化を守るためにも、国には捕鯨枠の再考を強く求めたい。
『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「消えゆく日本の伝統食」野生肉の復活を 葛城奈海氏より
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2023年6月1日木曜日
『 ビハインド・ザ・コーヴ』が暴いた捕鯨問題の舞台裏
『 ビハインド・ザ・コーヴ』が暴いた捕鯨問題の舞台裏
「映像の借りは映像で返す」と敢然と立ち上がり、『ザ・コーヴ』の舞台である和歌山県太地町に乗り込んだのが八木景子監督だ。
一筋縄ではいかない撮影だったが、淡々と疑問を追い、捕鯨支持派のみならず反捕鯨団体幹部にもひるまずインタビューを敢行。2015年、映両「ビハインド・ザ・コーヴ」を 発表し、この問題の裏にある冊を見事に浮かびあがらせた。
特に衝撃的だったのは、アメリカが日本の捕鯨をやり玉にあげ始めたきっかけが、ベトナム戦争中の1972年、ストックホルムでの国連人間環境会議であったという内容。そのまま環境会議に突入すれば、ベトナムに枯菓剤を撒きまくつている自国が糾弾されることが明らかだったアメリカは、そこから目を背けさせるために日本の捕鯨を急遽、議題に追加し、スケープゴートにした。ご丁寧に、アメリカは同年、海洋哺乳類保護法を施行している。その裏で、ミサイルや衛星の潤滑油として使用するマッコウクジラの頭油を日本から輸入していたというから、ご都合主義に開いた口が塞がらない。
『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「消えゆく日本の伝統食」野生肉の復活を 葛城奈海氏より
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2023年5月31日水曜日
日本の捕鯨は残虐非道!? 貶められた本当の理由
日本の捕鯨は残虐非道!? 貶められた本当の理由
そんな日本人と鯨との関係がいつしか歪められ、「食料」とは思えない若い世代が増えている。ある時、30歳の女性を鯨科理の店に誘うと、「鯨、食べるんですか!?」と眉間に
皺を寄せ、衝撃を隠せない様子を見せた。それでも、私が鯨目当てにしばしば通っている新宿区歌舞伎町の居洒屋「樽一」に連れて行き、さまざまな部位の料理を実際に味わってもらったところ、「 赤身は牛肉みたい。脂は口に入れるとトロけておいしかった」と、認識を変えてくれたようだ。
食べたことがないから食指が動かないというのであれば、まだいい。やっかいなのは、鯨食イコール残虐非道で野蛮、という印象を抱いている日本人だ。
そもそも「鯨を食べるなんて残酷」という価値観は、欧米から流入してきた。しかし、考えてみてほしい。1853年、ペリーが浦賀に来航したのは、捕鯨船の寄港地を求めてのことだった。日本の江戸時代、すでに米・英・仏などでは捕鯨が盛んだった。彼らは基本的に、灯袖や機械油、マーガリンなどに利用できる「脂」が豊富な皮以外は海に捨てていた。鯨のことを「海に浮かぶ油の樽」と呼んでいたことからも、日本人の鯨との付き合い方とはだいぶ異質であったことがわかる。
1900年ごろから世界的に捕鯨産業が大きく発展した一方で、乱獲により一部の鯨は激減した。第二次世界大戦後の1946年、国際捕鯨取締条約が結ばれ、捕っていい大型鯨の頭数や種類が決められるようになった。その後、資源が減少したシロナガスクジラなどが保護されるようになり、商業として成り立たなくなったイギリスやオランダなどが捕鯨を中止。そして1982年、反捕鯨国が多数を占めるようになったIWCが裔業捕鯨モラトリアムを採択し、捕っても 間題ないと科学者が認めているクジラまで捕ることができなくなってしまった。
加盟国で捕鯨再開を強く主張してきた国は、伝統的な捕鯨国である日本、ノルウェー、アイスランドのみ。強硬に反対している国は、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、オランダなどの畜産国だった。そこに、自国の畜産品を売るために鯨食を衰退させようとする意図を感じるのは私だけだろうか。日本はモラトリアムに対して異議申し立てを行ったものの、アメリカの圧力に屈してこれを撤回。1987年からは南氷洋での商業捕鯨を中止し、調査捕鯨を開始することになる。しかしこの調査捕鯨に対しても、反捕鯨団体シーシェパードが海賊まがいの妨害行為をたびたび行ってきた。
さらに2010年、国際的な反捕鯨団体の主張を一方的に取り上げた映画『ザ・コーヴ』が、あろうことかアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞。多分に脚色されたプロパガンダ映像だったが、「日本の捕鯨は残虐非道」という印象を国際的に植え付けることに成功し、鯨食離れにも拍車をかけた。その4年後、「日本の調査捕鯨は商業捕鯨の隠れ蓑である」というオーストラリアの訴えに対し、国際司法裁判所が日本政府に捕鯨プログラムの見直しを求めた。この日本「敗訴」の報に触れ、強い危機感を抱いたひとりの女性がいた。
『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「消えゆく日本の伝統食」野生肉の復活を 葛城奈海氏より
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しおかぜ プロジェクト に支援を
しおかぜ プロジェクト に支援を

北朝鮮拉致被害者向けのラジオ放送が危機を迎えています。継続的な支援が必要です。日本政府もそれなりに動いていますが、日本の底力は、市井の力です。 私も、年金生活者ですが、自分の子供や孫が、拉致誘拐されたことを考えてみれば、すぐわかることです。 日本が、蝕まれていることは、最近の様々な情報から理解できますが、「敵」は北朝鮮だけではありません。私たちの周りにいます。私たちの行動も、「敵」を利する形になっていませんか。 それらをはねのけて、日本人たる気持ちを、この放送の継続という形でも、表しませんか。 あなたの支援が、必ず目的を達成します。

北朝鮮拉致被害者向けのラジオ放送が危機を迎えています。継続的な支援が必要です。日本政府もそれなりに動いていますが、日本の底力は、市井の力です。 私も、年金生活者ですが、自分の子供や孫が、拉致誘拐されたことを考えてみれば、すぐわかることです。 日本が、蝕まれていることは、最近の様々な情報から理解できますが、「敵」は北朝鮮だけではありません。私たちの周りにいます。私たちの行動も、「敵」を利する形になっていませんか。 それらをはねのけて、日本人たる気持ちを、この放送の継続という形でも、表しませんか。 あなたの支援が、必ず目的を達成します。
2023年5月30日火曜日
古事記の時代から続く伝統的な「日本の捕鯨」
古事記の時代から続く伝統的な「日本の捕鯨」
日本の食卓から鯨が消えて久しい。一定の年代以上の人であれば、学校給食で食べていた竜田揚げや大和煮を懐かしく思い出す人も多いだろう。地域によっては、現在でも給食で鯨料理が出されているところもあるが、概して、日本人にとっての鯨食はあまり馴染みのないものになってしまった。
1982年、IWC(国際捕鯨委員会)がモラトリアム(一時停止)を採択したことで南氷洋での裔業捕鯨ができなくなって以後、調査捕鯨を行うのみになった。こうして戦後の食糧難の時代には日本人のタンパク源の60%を占めていたこともある鯨が、入手し難い高級品になってしまったのだ。

「鯨一頭捕れば七浦潤う」という言葉がある。日本人は約五千年前、縄文時代から鯨を食し、骨や歯、ヒゲ板に至るまでさまざまな用途に活用してきた。『古事記』の中でも神武 天皇が「皆で鯨を分け合いましょう」と歌っている(久米歌)。 赤身はもちろん、皮、舌、内臓、尾肉など全身のほとんどを食することができる鯨。ちなみに私の好物は、上顎と下顎の骨の間にある脂身、『伝胴』だ。口に入れると甘く、とろける。脂というと不健康なイメージを持つ人も少なくないと思うが、水温の低い海域でも活動する鯨の脂は、寒くても固まらない。冷えるとすぐ固まる牛や豚の脂と違い、鯨の脂は菜種油や大豆油といった植物由来と同じ不飽和脂肪酸なのだ。美味しい上に健康にもよく、日本の食文化を象徴する食材のひとつと言えるかもしれない。 「鯨」という漠字は魚偏に「京」と書く。京は兆の万倍、つまり「大きい」ことを表す。これだけさまざまな用途があるうえに大きい。だからこそ、一頭によってもたらされる恵みも大きい。そんな鯨たちに日本人は感謝の気持ちを忘れなかった。日本の各地に鯨塚や供養碑、鯨の墓が残されている。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「消えゆく日本の伝統食」野生肉の復活を 葛城奈海氏より R050530

「鯨一頭捕れば七浦潤う」という言葉がある。日本人は約五千年前、縄文時代から鯨を食し、骨や歯、ヒゲ板に至るまでさまざまな用途に活用してきた。『古事記』の中でも神武 天皇が「皆で鯨を分け合いましょう」と歌っている(久米歌)。 赤身はもちろん、皮、舌、内臓、尾肉など全身のほとんどを食することができる鯨。ちなみに私の好物は、上顎と下顎の骨の間にある脂身、『伝胴』だ。口に入れると甘く、とろける。脂というと不健康なイメージを持つ人も少なくないと思うが、水温の低い海域でも活動する鯨の脂は、寒くても固まらない。冷えるとすぐ固まる牛や豚の脂と違い、鯨の脂は菜種油や大豆油といった植物由来と同じ不飽和脂肪酸なのだ。美味しい上に健康にもよく、日本の食文化を象徴する食材のひとつと言えるかもしれない。 「鯨」という漠字は魚偏に「京」と書く。京は兆の万倍、つまり「大きい」ことを表す。これだけさまざまな用途があるうえに大きい。だからこそ、一頭によってもたらされる恵みも大きい。そんな鯨たちに日本人は感謝の気持ちを忘れなかった。日本の各地に鯨塚や供養碑、鯨の墓が残されている。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「消えゆく日本の伝統食」野生肉の復活を 葛城奈海氏より R050530
三國シェフレシピの応用で、イチゴのティラミス
三國シェフレシピの応用で、イチゴのティラミス
シェフ三國の簡単レシピ #426『抹茶のティラミス』



三國シェフレシピの応用で、イチゴのティラミスを作ってみました。 ピンク色に見えるのは、桜パウダーです。



三國シェフレシピの応用で、イチゴのティラミスを作ってみました。 ピンク色に見えるのは、桜パウダーです。
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